左から株式会社和興 國分博史さん、株式会社小倉メリヤス製造所 小倉大典さん、オレンジトーキョー株式会社 小高集(こだか つどい)さん
新型コロナウイルスによる不織布マスク不足が社会問題になっていたとき、墨田区マスクプロジェクトが立ち上がりました。「区民が発案し、区民がつくり、区民が売って、区民が使う布マスクプロジェクトです」と銘打ち、地元墨田区の地場産業であるメリヤス業者が中心となってムーブメントを起こしていきます。
墨田という土地の助け合う風土やメリヤス業者同士の繋がり、直接お客様と接したことで生まれた意識の変化など、株式会社小倉メリヤス製造所の小倉大典さん、株式会社和光の國分博史さん、オレンジトーキョー株式会社の小高集さん3人にお話を伺いました。
小倉さん(以下敬称略):
当社は中国に工場があるのですが、2月には商品が入荷されなくなって売り上げがぐっと落ちた上に、3月下旬になると世の中では深刻なマスク不足が起こりました。
そこで自社の生地やメリヤスの技術を活かしたマスクを作り、区民に配布することを思いつきました。区の観光課やTKF(東京ニットファッション工業組合)に働きかけましたが、各所の合意を図り区民の元に届けるまでは時間がかかりそうだと判断しました。
自分のFacebookに「1ロット100枚でマスクを作ります」と投稿したところ、佐藤篤墨田区議から「一緒にやりましょう」と連絡をいただいたのをきっかけに、プロジェクトがスタートしました。ありがたいことに、墨田区の福祉作業所「すみのわ」のプロダクトデザイナーさんが賛同してくれて、裏方を買って出てくれたことで、プロジェクトが進捗していきました。
当社は、マスクを原価で仕入れて原価で販売するというスタイルでしたが、博史(和興國分さん)や集(オレンジトーキョー小高さん)さんのところはまた少し違いましたよね。
株式会社小倉メリヤス製造所 小倉大典さん
國分さん(以下敬称略):
当社がマスクプロジェクトに参画したのは、自社の事業のあり方を見直す機会になると感じたからです。長年アパレルメーカーのOEM事業(他社のブランド製品を製造すること)をしていますが、クライアントに依存するビジネスモデルを変え、これから縫製業で生き残るために思考していました。自分たちの技術を生かし自ら物を作り販売するようにシフトすることが必要だと思い動き出し、開発したのが和紙100%ニットのTシャツです。
1月、2月の展示会で、この素材を出展する機会がありましたが、コロナの影響で身動きがとりづらくなって。そこで和紙100%ニットの端材でマスクを作ってみたんです。
抗菌・消臭効果や調湿効果もある当社のマスクを通して、和紙の素材を身近に感じてもらえるきっかけにもなると思い、計画してから約5日間で販売開始しました。
3月下旬に量産体制に移行するところで、小倉さんから連絡をもらいました。自分たちの商品が地元の人たちの役に立ち、自社を知っていただけるきっかけになると、墨田区マスクプロジェクトに参画しました。
株式会社和興 國分博史さん
小高さん(以下敬称略):
当社は1月から東京メトロのCMに出て売り上げもあがっていましたが、2月後半からは外国人旅行客のお土産購入も減り、店舗の来店客数が極端に減っていきました。
世の中がマスク不足になった時に、ガーゼを使った手作りマスクのことを知りました。当社の商品の中には大判で50センチ角のガーゼ生地のハンカチがあるので、それをリメイクしてマスクを作ることで人の助けになると思いました。
試しに100枚限定で販売告知をしたら注文が殺到したので、これはもう進めようと。いずれマスクは国内で供給されるようになるにしても、今、困っている人に応えるには時間勝負だと思って動きましたね。あっという間の1ヶ月でした。
自社でマスク製作をして販売をスタートするまでが早く、マスクプロジェクトに声をかけてもらった時は、実はすでに在庫がほとんどない状況でした(笑)。元々、マスクファクトリーではないので材料がなくなれば追加で生産する予定はなかったのですが、区内の人たちが動いていて、当社の取り組んだことなどが誰かの役に立つならと参画しました。(9月現在は子供サイズのみ販売中)
オレンジトーキョー株式会社 小高集(こだか つどい)さん
國分:
共通点としては計画から実行までの「速さ」だと思います。3月上旬に自社マスクを販売している会社は、周辺になかったと思っています。墨田のメリヤス業の私たちは、「小ロット・多品種・短納期」が武器だと思っています。そのうえで自社で作れるというのが一番の強みだと思っていますよ
小倉:小ロットといっても、町工場として本気出せば1日1,000枚程度をつくることは可能ですよね。プロジェクトで依頼してくれた京島の町会は、政府の布マスク配布よりも早く配りたいから急いでほしいと(笑)。結果として、政府が配布する一、二週間前に配ることができました。
小高:
取り組みの意義はありますが、プロジェクトとしては特にかちっと決まってるものがあるわけじゃないんですよね。
國分:プロジェクトありきで僕たちは動いていたのではないというのが真理です。墨田のムーブメントの中に小倉メリヤスっていう会社があって取り上げてみたら火がついた経緯はありますから、マスクプロジェクト自体の恩恵は各社にあったのだと思います。
國分:
大典(小倉さん)さんとは、日頃から結構腹を割ってなんでも話しているんですよ。相談し合える仲間がいるというのがベースにありましたよね。
小高:
製品をつくるために地域でひとつの商売がなりたってきた土地柄です。いざとなったら力を合わせてやりましょうという気持ちが土台にあると思っていますね。
僕の実家は襟や袖といったパーツのみを製造しています。これは祖父母の代の話になりますが、クライアントからは秋口や春口または半年に一回の納期でお金をいただいていました。支払いにタイムラグがあるので原料の糸を毎月仕入れるためのお金が手元にない状況に陥ることがあったんですね。そうすると納品先が、お金を貸してくれるなどして融通を利かせる動きが昔からありました。
今回のマスクプロジェクトも困っているからみんなで一緒にやりましょうという感じがありましたね。
小倉:
マスク販売について最初は私と妻で対応していましたが、そのうちスタッフにメールや出荷を任せ、ネットショップも始めました。布マスク出荷の初期は不足していたマスクゴムの代わりにウーリースピンテープを使用していて、これが伸びやすいとレビューをいただいたことがありました。
するとスタッフが自主的にゴムを何種類か取り寄せて検証するなど、これまで以上に作り手として試行錯誤する動きが生まれました。自分たちの商品だと愛着を持って取り組むようになってくれたような気がしますね。
小倉メリヤス 普通サイズ制菌布マスク
小高:
当社は、社内のスタッフは私以外全員女性なのですが、裁断、縫製、ひっくり返す、ゴムを通す、最後に封へ入れる人と自然と担当に分かれて効率よく作業をしていくために、社内に工場のミニラインのようなものができていました。各パートで作業を切り回し、臨機応変に助けに入るなどの柔軟な対応もしてくれていました。
オレンジトーキョーガーゼマスク
國分:
お客様とダイレクトにやりとりできるということが面白かったですし、社員の責任感に変化があったように思います。真摯に商品を作ってきた中で、実際にお客様からいただく声に、作り手自らがお答えするといった経験はおそらく今までなかったと思っています。
ファクトリーが単につくるだけではなく直接お客様に届けることができると改めて可能性を感じました。
町の縫製上手な人が作った商品を買うのが元々の姿だったはずですが、いつの間にか作る人と売る人が分かれてしまった。ファッションが売れていた時代にはその方が効率が良かったのかもしれませんが、今回の感染症を通して元の姿に戻りつつあるのかもしれません。
和興 和紙100%国産洗えるマスク(ノーズワイヤー仕様)
國分:
生産者が販売者になることが、OEM業の課題の突破口じゃないかと思います。少量生産でていねいに作る力を持った会社が、価値をわかる人やファンとなる人を見つけるノウハウさえ身につけられれば、可能性があると思うんです。
小倉:
マスクプロジェクト以外にも、おそらく今全国の日本の縫製工場は防護服やマスクを作っているんですよ。本当に仕事が減ってしまっていますから。道端で売る人もネットショップを通じて販売する人もいる。墨田だけじゃなくて全国の縫製工場が自分たちで商品を売れると気づくきっかけになったのかなと思います。
國分:
最近ではファッション系のインスタグラマーで自分のブランドをつくりたい方とか、新規のお問い合わせは多いです。小ロットで対応してもらえるならお金はこれだけあるので一緒にやってみませんかと。これって協業なんですよね。
仕様書とかデザイン画にこだわる以上に話し合いながら作り上げていく。それにはこちらの読み取る力や提案する力も求められます。でもそこに利益率ものるし、自社のノウハウとして蓄積されていく。その手の案件は増えているように思いますね。
小倉:
確かに増えていますね。インフルエンサーなどは、30分で何百枚って服を売っちゃうんですよね。そうなると生産が追いつかないなんてことも起こる(笑)。影響力がすごいと思いますね。
小高:
工場には何百人もの人が働いている。だからひとつの商品で量が多いものをある程度流していかないといけない事情がある。だからOEMはOEMで続けながら、それ以外の方法でも工場を回せる仕組みができれば、きっとそこにヒントがあるように思います。
國分:
ものづくりをする私たちが直接お客様に販売も手がけるという考え方は、まだ少数かもしれませんが、これからはBtoCにも力をいれていきたいと思っています。直接お客様に届けていくことで、苦しい業界で活路を見出せればと思っています。
取材場所:nuuiee(株式会社小倉メリヤス製造所)
東京・墨田の老舗縫製工場を母体に持つ、ファッション・小物・雑貨などのものづくりを支援する総合施設。いま注目を集めるデジタル刺繍機や布用プリンターなどのデジタルファブリケーションを自由に使うことができるスペースとして、縫製工場をリノベーションしてオープンした。そのシェアファクトリー機能のほか、生地・付属・加工のサンプル帳を見ながら自由にプロ仕様の素材を仕入れることができるマテリアルライブラリー機能もある。また、セミナーやワークショップを不定期で開催。
〒130-0011東京都墨田区石原3-12-9
http://nuuiee.com/
株式会社小倉メリヤス製造所
昭和4年創業。売場を意識して造るアパレルOEM生産縫製工場として最終消費者と売場を考えたモノ造りを目指している。ベビー服・子供服製造において約半世紀に渡る実績と経験を持つ。もう一つの柱である、レディース・ミセス・メンズ等のカットソー生産製造においても、自社の持つ素材背景や日本・中国共に自社工場を所有する強みも活かした生産を行なっている。
〒130-0011 東京都墨田区石原3-12-9
http://www.ogura-m.com/
制菌布マスクシリーズ
https://nuuiee.base.shop/
小倉メリヤス 普通サイズ制菌布マスク
株式会社和興
昭和28年墨田区にて國分メリヤスとして創業。OEM(ブランドより委託された商品を製造すること)とODM(委託者のブランドで製品を設計・生産すること)を中心とした縫製業を営む。昭和43年には和興ニット岩手を設立し、新工場が完成する。墨田ではアパレル企画・縫製業を担い、岩手では各種縫製業を手がけている。
地球環境への負荷が少ないサスティナブル素材なうえ、天然由来の機能性を多く持つ和紙に着目し、数年前より和紙100%にこだわったニットの開発を行っている。優れた調湿性のほか、抗菌作用や消臭作用、UVカット効果もすでに確認されており、和紙には私たちの生活を助ける力がたくさん秘められている。
〒130-0021 東京都墨田区緑2-15-9
https://www.wakoh.tokyo/
和紙100%国産洗えるマスク(ノーズワイヤー仕様)
https://wakohemg.thebase.in/
和興 【小児用・グレー】和紙100% 国産洗えるマスク(ノーズワイヤー仕様)
オレンジトーキョー株式会社
元々はメリヤス工場から2013年に東京都墨田区で第二創業。布ぞうりブランド「MERI」を12年に立ち上げ、14年に直営ショップ「MERIKOTI」(墨田区両国)をオープン。20年に東京メトロ Find my Tokyo のCMに取り上げられる。
〒130-0014 東京都墨田区亀沢1-12-10 平井ビル1F
http://www.orange-tokyo.jp
オンラインストア 甘橙東京
http://www.daidai.tokyo
工房ショップMERIKOTI
〒130-0014 東京都墨田区亀沢1-12-10 平井ビル1F
http://www.meri-koti.tokyo
TUTUMU 国産ガーゼ マスク 660円(税込)※完売
https://www.daidai.tokyo/?pid=149597672
TUTUMU 子供用 プリント柄裏面ガーゼマスク 660円(税込)
https://www.daidai.tokyo/?pid=150481871
東京メトロ Find my Tokyo
「北欧デザインの布ぞうりを履いてみよう!」篇
https://youtu.be/-REAJvmPqrU
オレンジトーキョー ガーゼマスク
取材:伏島 恵美
写真:本庄 真大
フリーライター。出版社などで校正・校閲とホテルの客室清掃に従事したのち、各種のユニークなイベント運営にも関わる。生き生きとした人の姿を伝える活動をスタート。