トップインタビュー世界にファンをつくり市場を創出、日本の伝統工芸に新たな価値を

2018.11.21
世界にファンをつくり市場を創出、日本の伝統工芸に新たな価値を

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株式会社Culture Generation Japan
代表取締役 堀田卓哉さん

海外で学んだ日本人が、外から見て初めて日本の価値に気付く──。日本の伝統工芸品を海外で売れるモノにするための商品開発やブランディングを手掛ける、Culture Generation Japan代表の堀田卓哉さんも、そんな経験を持つ1人です。

海外の富裕層をターゲットに、伝統工芸の職人とタッグを組んで商品を開発。仏エルメスとのプロジェクトが動き出すなど、試行錯誤が少しずつ実りはじめています。

東東京に住み、地域の祭りを通じた職人との出会いに背中を押されて、堀田さんの今があります。全国各地の職人の東京ショールームを目指す、開設して間もない日本橋の新拠点で話を聞きました。

日本に期待していなかったロスジェネ世代

創業7年目で新拠点開設、おめでとうございます。

ありがとうございます。そもそもの起業は浅草の駒形で、自宅兼用でした。今年6月に初めてここ(日本橋富沢町)に事務所を借りて移ってきたところです。

正直、会社の事業規模的には少し背伸びをしているのですが、日本橋三越や高島屋などが近く、地の利がある。地方で働く伝統産業の職人さんに、東京の拠点として商談などに利用していただければと思っています。

引っ越したばかりの日本橋オフィス。什器には今後、様々な産地のサンプルが並ぶ予定

引っ越したばかりの日本橋オフィス。什器には今後、様々な産地のサンプルが並ぶ予定。

このインタビューでは、実際にモノづくりを手掛けるクリエーターの方を多く取材しているのですが、そういった方々を支援する側の仕事というのはちょっと珍しい。創業に至る経緯から、聞かせていただいても良いでしょうか。

今でこそ日本の文化を広めていきたいと志していますが、大人になるまでは日本にあまり期待していませんでした。

僕は1977年生まれで、いわゆるロスジェネ世代です。中学・高校時代も暗いニュースばかりで……。早く日本を出たくて、大学時代には休学してアメリカの大学へ。帰国してフランス系のコンサルティング会社で働きながら、今度はモナコ大学の大学院にMBA留学しました。

海外に出てみて、日本の外からの見られ方を知る機会が増えました。例えば大学院では、ケーススタディーで日本企業が良い事例として出てくることが多かった。こうした経験を通して、日本を勝手にダメだと思っているのは僕らの方だな、と感じるようになりました。日本のビジネスを築き上げてきた精神性や文化へのリスペクトが、自分の中に徐々に育っていったように思います。

笠間焼のコーヒーハンドドリップセット。東南アジアの5つ星ホテルを年間150軒手掛ける、シンガポール拠点の建築設計事務所と組んで開発した。レストランなどで採用していく

笠間焼のコーヒーハンドドリップセット。東南アジアの5つ星ホテルを年間150軒手掛ける、シンガポール拠点の建築設計事務所と組んで開発した。レストランなどで採用していくという。

たまたま住んだ浅草で開眼

帰国後は浅草に住んだそうですね。

本当にたまたま縁があって。その年の5月に三社祭を見て、これはすごいと驚きました。どうすれば参加できるか分からなかったので、地元の青年部に入ろうと。そうしたら提灯屋の6代目や、もなかの皮専門の老舗の跡取りなど、手仕事をやっている同世代の友達ができました。

彼らは「日本の文化をより良いものにして、次の世代に引き継いでいくことが仕事だ」という認識で、その生き方がかっこいいなぁ、と。伝統は手を入れなければ途絶えてしまう。お祭りも3日間のために1年がかりで準備している。裏方で伝統を引き継ぐ努力をしている人たちがいるから、引き継がれていくんだな、ということを目の当たりにしました。

三社祭で神輿を担ぐ堀田さん

そろいのはんてんに身を包み、三社祭で神輿を担ぐ堀田さん(写真中央)。

一方、職人の友達がそうした思いを抱きつつも、新しいことに取り組みたい、世界で勝負してみたい。でもどうしていいか分からない、という悩みを抱えていることも知りました。僕自身はモノづくりもデザインもできないけど、海外とのビジネスの経験はあったし、一緒にやれることがあるのでは、と思うようになったんです。

海外の経験から日本の技術の素晴らしさに気が付き、身近に友人を得たことで、具体的なアクションにつながったわけですね。

そうですね。いろいろな専門性を磨いてきた同世代が集まって、日本の文化や伝統を引き継いでいく道を切り開く。そういった舞台装置をつくりたいと考えて、独立を決めました。

技術の素晴らしさだけでは売れない

設立当初から、今のような海外とのコーディネートを手掛けていたのでしょうか?

いえ、日本の技術の素晴らしさを海外に伝えたい、というコンセプトは一貫しているのですが、最初は訪日客向けのイベントビジネスを基本に考えていました。伝統工芸のワークショップを開催して、日本の若い世代の職人とインバウンド客とをつないでいければいいなぁ、と。

ところが、協力してくれる職人さんを見付けて2、3回開催してみたら、手元にお金が全然残らない。これではいけない。会社員時代は経営コンサルタントだったこともあり、その強みを生かせる方向を模索しました。そこで始めたのが、伝統工芸の商品開発のお手伝いです。実績づくりのため、自分で助成金や受託事業を取ってきて、その中から活動費と事業費を振り分ける形で取り組みを進めました。

初期に手掛けたのが、東京都美術館のプロジェクト「Tokyo Crafts&Design」。伝統工芸の職人に新鋭デザイナーをマッチングしてミュージアムショップのグッズを開発するという、当時としては斬新な企画です。独立したばかりの手探りの時期に、台東デザイナーズビレッジの鈴木村長に相談に行ったところ、当時入居していた伝統工芸のコーディネーターを紹介されて。事業を受託したものの大変だからということで、加わる流れになりました。

「Tokyo Crafts&Design」のプロダクトの1つ。1899年創業の老舗、墨田区の廣田硝子が手掛ける文鎮。漆塗りの上に切子のカットを施している

「Tokyo Crafts&Design」のプロダクトの1つ。1899年創業の老舗、墨田区の廣田硝子が手掛ける文鎮。漆塗りの上に切子のカットを施している。

この事業の成果物を、イタリアの有名な見本市「ミラノサローネ」に出展したのですが、なんと1個も売ることができませんでした。バイヤーたちは日本の技術力の高さは評価してくれるものの、「少しサイズが小さいかな」、「こちらでは売りにくい色だね」などと言い、実売には至りません。海外市場での、それぞれの土地やターゲットに合わせたローカライズの必要性を強く認識しました。

ターゲットを絞り込みファンをつくる

江戸切子の製作を手掛ける「堀口切子」の商品は、イギリスの小売店にも常設されるようになりましたね。

僕と同じ年の3代目は、海外に展開したいという強い希望を持っていました。ただガラス製品ということで商品が重く、送料がかさみます。関税も上乗せされて、ヨーロッパの高級ブランドであるバカラが買える値段になってしまう。ごく一部の日本好きなターゲットには届くかもしれないが、そんなニッチを狙ってもしょうがないですよね。

江戸川区の堀口切子が製作した江戸切子のグラス。切子のルーツの1つはイギリスのカットグラスにあり、「そのまま輸出しても、バカラなどの有名ブランドには太刀打ちできない」と堀田さん

江戸川区の堀口切子が製作した江戸切子のグラス。切子のルーツの1つはイギリスのカットグラスにあり、「そのまま輸出しても、バカラなどの有名ブランドには太刀打ちできない」と堀田さん。

一緒に悩んだ末にたどり着いたのは、「和食を彩る最高の器」としてのブランディングです。もともと先代の親会社、堀口硝子は、和食の職人が憧れる器のブランド。この積み上げを生かさない手はない。

惨敗したミラノサローネの翌年、2015年にはサローネへの出展は見送り、ロンドンの日本大使館で展示会とトークセッションを仕掛けました。3代目と和食の職人2人に登壇してもらったところ、地元メディアに紹介されるなど評判を呼んで会期も延長。これで弾みがつき、ロンドンにある和食レストランにアプローチしていきました。

実際に動いてみると、規模が大きいヨーロッパの和食店では、高価な食器を大量に採用するのは難しいということが分かってきたんですね。それでも地道な営業を続けていくと、シェフの中に堀口さんのファンになってくれる人が出てきました。VIP向けや写真撮影用など、カスタムのオーダーが入ってくるようになった。こういった注文に対して細やかな対応ができるのも、職人の手仕事ならではです。

1人1人ファンをつくっていくのが大事だと、改めて実感しましたね。

地域のプレイヤーを横つなぎ

次のフェーズとして、経済産業省や地域の自治体の巻き込みを考えました。活動を通して培った海外のバイヤーやデザイナーとのつながりを生かして、商品開発と販路開拓事業をやりませんか、と提言するのです。

そうして参加の枠組みをつくり、伝統産業の事業者に参加を呼びかける。事業者からの参加費と行政からの補助金で収支を組み立てて、その中から適正な活動費をいただくという立て付けです。現在はそういったプロジェクトを、年間4つから5つほど回しています。

イベントの運営も手掛けてますよね。

大きなものでは、東京の渋谷ヒカリエを会場に「JAPAN BRAND FESTIVAL(JBF)」というイベントを開催しています。クリエイティブ集団のロフトワークとの共同事業で、今年の3月で3回目を迎えました。全国の伝統産業の事業者や、それを支援する企業が一堂に会します。

2018年3月2日から4日まで、渋谷ヒカリエ8階で開催した「JAPAN BRAND FESTIVAL」。トークセッションやプレゼンテーション、アイデアを形にするワークショップなど、多彩なメニューを3日間にわたり展開した。

2018年3月2日から4日まで、渋谷ヒカリエ8階で開催した「JAPAN BRAND FESTIVAL」。トークセッションやプレゼンテーション、アイデアを形にするワークショップなど、多彩なメニューを3日間にわたり展開した。

全国それぞれの地域で、地場産業とタッグを組んで海外に展開しようという動きがあり、経済産業省でも毎年いろいろなプロジェクトを仕掛けています。ただ、今までは横のつながりが一切なかった。行政の事業は単年度で終了し、1年間で貯められた貴重なノウハウはそこでリセットされてしまいます。

JBFではプロジェクトを担う方々が集まり、ノウハウやネットワークを共有します。そうすれば、限られたリソースの共有など、有効活用もできる。わざわざ招聘した海外のデザイナーを単発の講演で返してしまうのではなく、他のプロジェクトのイベントにも登壇してもらえば、その知見をより多くの人に届けることができます。

こうした経験を通して、今年から「JAPAN BRAND PRODUCE SCHOOL」というスクール事業も立ち上げました。1年間のプログラムで、地域で伝統産業のプロデューサーを育成します。全国各地から、モノづくりをプロデュースしたい方や、セルフプロデュースしたい若い職人など、18名が集まりました。3カ月に一度集まって自分たちのプロジェクトを立ち上げる、実践型のカリキュラムです。

東京から各地の産業を支援するのには限界があります。地域のプロジェクトは地域のキーマンが動かし、自分はそこに足りないネットワークや知見を提供する、というのが本来あるべき形だと思います。

若い職人は今がチャンス

最後に、これから独立や創業を志す次世代のクリエーターに、メッセージをお願いします。

海外の知識層が資本主義の限界に気付き、大量生産・大量消費に代わるライフスタイルってなんだろう、というのを真剣に考えている。その1つの答えがクラフト、工芸になってきています。

そのクラフトが産業ベースで残っているという点で、日本は稀有な存在です。良くも悪くも日本の政府がいろんな保護、バックアップしてきたから残っている。でもそれに慣れすぎて、自分たちの商品が良いものであると伝える努力、ブランディングが苦手な傾向があります。

また今までは、問屋を介さないと消費者に届かなかった。いまはネットで直接消費者にリーチできる時代です。そんな状況の中、つくっているモノとしてのポテンシャルが、十分に伝わっていないのがとてももったいない。グローバルのマーケットに向けてまだまだチャンスはあります。

若い人と一緒にチャレンジしたい。ご連絡お待ちしています!

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株式会社Culture Generation Japan
2011年設立。東京都美術館のプロジェクト「Tokyo Crafts&Design」や、中小機構の「Next Market In」事業、経済産業省が支援するJAPANブランドプロデュース支援事業「MORE THAN PROJECT」などに参画。文化(Culture)を誇りの源泉とする世代(Generation)を創造し、新たな社会の実現を目指す。

〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町11-6 英守東京ビル6階
http://culgene.jp/

取材写真:吉田 貴洋

この記事を書いた人

樋口 トモユキ

よろず編集業。大都会東京を横断して、東側と西側を行き来しております。人々が集まり営む都市というものに対する飽くなき好奇心を胸に、日々是精進。http://localmedia.info/