Readin’ Writin’ BOOK STORE(リーディン・ライティン ブックストア)
店主 落合博さん
銀座線田原町駅から徒歩3分。レモンパイで有名な「洋菓子レモンパイ」の並びに、2017年4月にオープンしたのが「Readin’ Writin’ BOOK STORE」です。
えんじ色の扉を開けて店内に入るとすぐに、中2階へと続く階段が目に飛び込んできます。「中2階は、畳敷きのスペースになっています。今はワークショップスペースとして活用していますが、以前は中2階の棚に絵本をずらりと並べていたので、絵本専門店だと思っていたお客様も多くいらっしゃいました」と、店主の落合博さんが教えてくださいました。
落合さんは、新聞社で30余年のキャリアを築いてきたベテラン記者。定年前に会社を辞め、創業に踏み切った背景には、どのような思いがあったのでしょうか? 真新しい本の匂いが充満する心地良い店内で、落合さんにお話を伺いました。
大学卒業後、1982年に読売新聞大阪本社に入社し、運動部などで7年間記者として仕事をしました。その後1年間、出版社でトライアスロン雑誌の編集者として働き、1990年に毎日新聞に中途入社。運動部のデスクや編集委員、運動部長を経験し、退職前は東京本社で論説委員をしていました。2017年春、58歳のときに毎日新聞を退職して、この店をスタートしたんです。
僕には、4歳の息子がいるんです。56歳のときに息子が1歳になり、「定年後も嘱託職員として65歳まで勤め続けたと仮定して、息子はそのとき何歳なんだろう?」と考えました。僕が65歳のとき息子は9歳。リスクは高いけれども、このまま会社勤めを続けるよりは、自分で何か始めたほうがいいと思ったんですよね。それで、2015年春から創業の準備を始めたんです。
それに関しては、なかなかうまい説明ができなくて(笑)。理由のひとつは、昔から本に囲まれた空間が好きだったからです。もうひとつは、趣味で読んできた本や、記者時代の資料本が家にたくさんあったから。「古本屋でもやるか」という軽い気持ちでリサーチを始めたのが、きっかけといえるかもしれません。
各地の独立系書店に足を運び「実は今度、書店を始めようと思うんです」と言って、店主の方にお話を伺ったんです。
そうしたリサーチの一環で、福岡の「ブックスキューブリック」という書店を訪れたときに、店主の大井実さんから「新しく始めるなら、新刊書店のほうがいい」とアドバイスを受けました。新刊のほうが店に勢いが出るというのがその理由。僕は単純なので「新刊のほうが面白いかもしれない」と思い、本の流通や新刊の仕入れについて調べ始めたんです。
住まいが墨田区にあり、最初は家から歩いて行ける場所がいいと思っていました。2016年の春ごろから物件を探し始めたんですが、なかなかいい物件が見つからなくて……。同年の10月ごろに不動産会社の担当者から「ちょっと遠いけど、田原町に物件がありますよ」と案内されたのが、この店の並びにある物件だったんです。
その時点で半年近く物件探しをしていましたし、2017年の春には会社を辞めようと思っていたので「そろそろ決めなければ」と考えていた時期でした。
契約前にもう一度物件を見てみようと足を運んだときに、この物件の前を通りかかったら、シャッターがたまたま半分開いていて……。シャッターの下からのぞいたところ、中2階の梁が見えたんですよ。「面白い造りだな」と思いながら、ひと休みするため喫茶店に入ったんです。
そこで女性のマスターに「今度、書店を始めようと思っているんです」と話したところ、この物件の話になりまして。賃貸物件であることを教えてくださり、「大家さんを知っているから紹介してあげるわよ」と言ってくださったんです。当時契約を考えていた物件より、中2階のあるこの物件のほうが家賃も安く、魅力的に思えたので、こちらを選びました。
「浅草」や「東京の東側」という地域性は意識しましたね。記者時代に、吉原にある「カストリ書房」という遊郭専門書店を取材したことがあり、遊郭関連本についてはそちらから仕入れています。
選書に関しては、大きい書店の真似をしても仕方ないというのが僕の考えです。それから、お客様の先入観を裏切りたいという思いもあります。お客様が10人いたら、10人とも違う印象を抱くような書店をつくりたい。
そういう考え方は、記者時代からの癖のようなものかもしれません。長くスポーツ記事を担当していましたが、例えば同じ野球の試合を取材しても、人とは違う視点を取り入れたいといつも思っていました。環境は変わっても、仕事に向かう気持ちは記者時代からずっと変わっていないのだと思います。
ほかの書店の方から「店を始めると、いろいろな人が来るし、いろいろな物が集まるよ」と聞いていたんですが、それは実感しますね。雑誌やウェブでこの店を知り、遠方から興味を持って来てくださるお客様もいます。
そうやって訪れてくださったお客様と話すのは、やっぱり面白いですね。でも、1回来てくれた方が、次も来てくれるとは限らない。恐らく7〜8割は、1回きりのお客様なんです。リピーターを獲得しないといけないというのが、今の課題ですね。
昨年はイベントを積極的に開催しました。出版記念イベントやトークイベント、コンサート、演劇などですね。イベントにいらしたお客様の中には「いい店ですね。今度ゆっくり来ます」と言ってくださる方もいます。でも、その中でもう一度来てくださるのは、10人中1人いるかどうか。
昨年からは、活版印刷やスケッチなど、定期開催のイベントを始めました。リピーターというよりも、この店のファンになって、長く通ってくださるお客様が増えればいいと思っています。この間、知り合いの方と話していたときに「この店の強みは“4S”」という話になったんですよ。
SLOW:時間をかけて(買い取りなので返品はできない)
SMALL:小さな場所で(自分の目が届く範囲で)
SELECTED:選んだ本を売っていく(すべて自分が選書)
SHORT:長時間労働ではなく(家族と過ごす時間を大切に)
この4つの「S」が、この店の基本です。すべて買い取りで仕入れているので、雑誌など来週には売れなくなってしまう本や、話題の受賞作など来年売れないような本は手に余ってしまいます。ロングセラーになるような本を見極めて、時間をかけて売っていくというのが、Readin’ Writin’の在り方なんですよね。
東東京は、個人店のつながりが強いなと思います。奥浅草や蔵前周辺で知り合った個人店の方が遊びに来てくださることも多いですし、その店の常連さんが来てくださることもあります。どこで人がつながるか分からないというのが、面白いところですね。細いつながりなので、途中で切れてしまうかもしれないし、これから太くなっていくかもしれません。今後どうなっていくかは未知数ですが、この土地ならではのつながりを通じて、何か仕掛けていきたいという気持ちはありますね。
(写真:樋口トモユキ)
下町住まい7年目の雑食系ライター。仕事人の情熱を適切な言葉に落とし込み、必要としている人に届けることをめざし、トヨタOPEN ROAD PROJECTやコーヒーマシンのサイトにてコラム記事を執筆中。