トップインタビュー元ミュージシャンの社長が目指す「コンテンツと製造業の幸せな循環」

2018.05.16
元ミュージシャンの社長が目指す「コンテンツと製造業の幸せな循環」

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株式会社リアライズ
代表取締役
佐藤正裕さん

「10代、20代は、音楽にすべてを捧げていました」

そう話すのは、缶バッジやTシャツなどの製作サービスを提供する、株式会社リアライズの佐藤正裕社長。パンクロックバンドでプロデビューしたものの、この先ずっと音楽で食べていくことは難しいかもしれないと考え、缶バッジの製作を始めたといいます。

「事業を始めたきっかけは、出来心でした(笑)」と話す佐藤社長に、創業までの経緯や、これからの展望についてお伺いしました。

音楽を続けるために事業を始めた

創業のきっかけを教えてください。

20代の頃は、ずっとバンド活動をしていましたが、30歳になる直前に「このまま音楽をやっていたら、もしかしたら食べていけないかもしれない」と考えました。音楽を続けながら食べていくためにはどうすればいいか。頭をひねった結果、自分でスケジュール調整できる仕事を持って、月に数万円でも稼げれば何とかなるんじゃないかと思いついたんです。

とりあえず月に2万円稼ぐことを目標にして、機材を買ったのが、事業を始めたきっかけですね。その時は、会社をつくろうなんて思ってもいなくて……出来心でした(笑)。

バンドを続けるための副業のような位置付けだったんですね。最初に買った機材というのは?

一番小さいサイズの缶バッジの機材を買いました。それまでにも、バンドのグッズを作ってもらったことがありましたし、缶バッジの製作機が置いてあるレコード屋などもあったので、作り方は知っていたんです。でも最初は、周りのバンドマンから数十個単位の注文を受けるくらいで、飲み代すら稼げませんでしたね。そこで、HTMLの本を買ってきて、自分でウェブの勉強を始めました。見よう見まねでウェブサイトを作って、オンラインで注文を受け始めたところ、少しずつ注文がくるようになったんです。

もちろん、ただ待っていても注文はきません。当時は、どのホームページにもBBS(掲示板)が設置されていたので、いろいろなBBSにウェブサイトの宣伝を書き込みました。3年くらいはそうやって、バンドをやりながら缶バッジ作りをしていた期間がありましたね。でもそのうちに、バンドより商売にのめり込んでいったんです。

缶バッジ製作は、リアライズの原点

缶バッジ製作は、リアライズの原点

お礼のメールに衝撃を受けた

商売への思い入れが強くなっていったのはなぜでしょう?

あるとき、お客様から「きれいに仕上げてくれてありがとうございました。感動しました」というお礼のメールが届いたんです。自分としては、「お金をいただいたのに、お礼まで言ってもらえた」というのが衝撃でした。その後も「届きました。ありがとうございました」とか「満足の仕上がりです」とか、お客様からお礼のメールが頻繁に届いて……。「なぜお礼を言ってもらえるのだろう?」とじっくり考えたんですね。

普通、物を買うときって、物の形や手触りを知ってから買いますよね。だけど、僕たちが製造するのは、まだお客様の頭の中にしかない物なんです。自分の頭の中で想像していたものが、形になって自分の目の前に現れるから、感動してもらえる。そう気付いたときに「この商売面白いな!」と感じました。

バンドに対する思いは、小さくなっていった?

バンドを辞めるとき、メンバーには「子どもが生まれた」ということを言い訳にしてしまったんですけれども、今思うと、バンドに対する諦めは日に日に大きくなっていました。

それに、バンド活動をしていなくても、音楽活動に関わることはできます。10年前は、缶バッジを小ロットで作れる会社はまだ少なかったので、僕は10個から作れるということをアピールしました。「自分が音楽をやっていたときに、こういうサービスがあったら絶対に使っていたな」というのが、僕の商売の原点なんです。

「音楽をやっていたときにこんなサービスがあれば良かった」と話す佐藤さん

「音楽をやっていたときにこんなサービスがあれば良かった」と話す佐藤さん

「法人でなければ…」悔しい経験

その後、法人化するまでの経緯を教えてください。

個人事業を始めて3年目になると、それなりに収入が増えました。ネット環境と機材があれば、仕事はどこでもできるし、家族を連れて実家に帰ろうとも思っていたんですね。けれども、その矢先に、東日本大震災が起きたんです。

当時、注文をいただいたお客様から「震災で客足の減ってしまった施設がある。何か製作作業を融通できないか」と相談を受けました。「ぜひ」というお返事をして、取り組みが始まりかけたのですが、法人ではなく個人事業だったことが原因で、最終的に話が流れてしまったんです。

そのときに「社会的に認められる立場じゃないと、社会貢献活動もできないのか」という気持ちになって……。それがすごく悔しくて、2011年12月に法人化することを決めました。法人化をきっかけにスタッフを雇用し、今では缶バッジだけでなく、さまざまなグッズを製作したり、アーティスト活動を支援するサービスを提供したりしています。

取引先のジャンルは、音楽、アニメ、ゲーム、映画と幅広い

取引先のジャンルは、音楽、アニメ、ゲーム、映画と幅広い

2018年現在、アルバイトや内職の方も含めて、100人を抱える企業になりました。今後の展望は?

世の中にコンテンツがなければ、製造もできません。コンテンツが生まれやすい環境を整え、そのコンテンツが製造のニーズを満たすような循環をつくるのが、我々のミッションだと思っています。そのため、グッズを作るだけではなく、販売場所を提供するウェブサービスもスタートしました。

アーティスト活動をしていなくても、今は誰もがコンテンツを作ることができます。その一つが、写真です。何気なく撮った写真もコンテンツになり得る。そういうことを提案したくて、写真を缶バッジに仕立てることができる「CANROLL(キャンロール)」というサービスも行っています。依頼を待つだけでなく、攻める製造業になるという気持ちを持ち、今後もさまざまなサービスを提供していきたいですね。

これから創業する方が活用するといい助成金などはありますか?

リアライズでは、「キャリアアップ助成金」を利用したことがあります。アルバイトで半年以上働いた人を正社員登用すると、50万円ほどの助成を受けることができます。創業者が初めてスタッフを雇うとき、正社員として雇うのは不安ということもありますよね。そのようなときに、この助成金を活用するといいと思います。

「スタッフは会社の財産。それだけに、雇うときは勇気がいる!」(佐藤さん)

「スタッフは会社の財産。それだけに、雇うときは勇気がいる!」(佐藤さん)

出会いの機会があちこちに転がっている

東東京で創業するメリットは、どんな点にあるでしょうか?

モノづくり関連の会社が多いのは、メリットの一つですね。「こういう加工ができる会社を知りませんか?」と聞くと「やったことはないけれど、うちの機材でできそうだね」と応えていただける場合も多いです。

そういう技術を持つ会社の方々と出会うきっかけが多いのも、東東京で創業するメリットではないでしょうか。

蔵前・御徒町エリアで毎年5月末に開催される「モノマチ」。佐藤さんは第8回の開催で、実行委員長を務めた。「年齢を問わず、責任ある立場を任せてもらえるのはありがたい」

蔵前・御徒町エリアで毎年5月末に開催される「モノマチ」。佐藤さんは第8回の開催で、実行委員長を務めた。「年齢を問わず、責任ある立場を任せてもらえるのはありがたい」

「モノマチ」や「浅草エーラウンド」「スミファ」など、モノづくり系の地域イベントに参加することで、取引先という関係を超えたお付き合いができます。そうした場で何気なく交わした会話がきっかけとなり、後々仕事に結びつくこともありますね。

弊社では、「自分が住み働くこの街を盛り上げよう」という私の個人的な思いから、「台東区手当」という福利厚生制度を設けています。台東区に住民票を置いている社員に2万円の手当を出す制度で、利用している社員も多いですよ。

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株式会社リアライズ

2011年創業。「思いをカタチに、モノづくりで世界を楽しく!」を理念に掲げ、缶バッチやキーホルダーの製作・販売 Tシャツ・ポロシャツ等布製品のプリント業務、ステッカーの印刷など、幅広いサービスを展開している。
〒111-0056 東京都台東区小島2-18-15-3F
http://realize-group.co.jp/

(写真:樋口トモユキ)

この記事を書いた人

佐藤由衣

下町住まい7年目の雑食系ライター。仕事人の情熱を適切な言葉に落とし込み、必要としている人に届けることをめざし、トヨタOPEN ROAD PROJECTやコーヒーマシンのサイトにてコラム記事を執筆中。