GLASS-LAB
最高経営責任者
椎名隆行さん
「大切な人へ、贈り物で気持ちを伝えたい」
そんな想いを持つ人と共に、ゼロベースからデザインを考えて、世界で1つだけのメッセージ入りグラスを作り上げるのが、清澄白河にある「GLASS-LAB(グラス・ラボ)」です。
代表の椎名隆行さんは、創業68年を迎える「椎名硝子」の長男。全国でも10軒ほどの工場しかできない「平切子」を得意とする、硝子加工の会社です。しかし、若い頃から「家業は継がない」と決め、サラリーマンの道を選んだといいます。
そんな椎名さんが、家業と同じ「硝子加工業」で起業を決めた理由とは? ブルーボトルコーヒーやアライズコーヒーなど、今をときめくコーヒーショップが立ち並ぶエリアにある工場で、椎名さんにお話を伺いました。
学生時代から、自分の意思で「継がない」と決めていました。高校生や大学生のときに、アルバイトとして家業の手伝いをしていて、「自分には職人は向いていないな」と感じていたからです。なので、大学卒業後は不動産会社に入社し、マンションの販売を行っていました。
いいえ。新卒で入った会社を28歳のときに辞めました。きっかけは、深川八幡祭りです。僕は平野一丁目の「睦会」という団体に所属しているんですが、一度、本祭に出られなかった年があったんですよ。「二度とこんな思いをしたくない。神輿を担ぎたい」と思って、6年勤めた会社を辞めることを決めました。
その後、また不動産関係の会社に勤めたんですが、今度は販売ではなく、不動産ポータルサイトの運営を担当することになりました。それまで触れたことのないITの世界で、右も左もわからない状態でしたね。その会社で、36歳まで勤め続けました。
端から見ると不思議ですよね。僕も30代前半の頃は、1000万プレーヤーの先輩方がどんどん辞めていくのを見て、不思議に思っていました。先輩方の気持ちが分かったのは、30代半ばになってからです。僕の周りに、起業する先輩が多かったこともあり、気付いたら起業を考えるようになっていましたね。
それから、直属の上司だった方が起業するときに、オリジナルグラスを贈ったことも、起業を考える大きなきっかけになりました。
その方は「男は夢だ」が口ぐせで、夢を実現するために自分の会社を立ち上げたんです。ところが、皆で起業を祝ったあと、彼は病気で亡くなっちゃうんですよ。41歳で逝ってしまった彼のことを考えると、「どこかで腹を括って自分でやらなきゃいけない」と、いてもたってもいられない気持ちになりました。
起業を決めた後、自分の身の回りの環境や、持っているスキルを紙に全部書き出しました。そうすることで、自分の強みは「新規参入者の少ない硝子加工の技術」と「ITの知識」であると、冷静に判断することができたんです。これらを掛け合わせることで、何か新しいことができるんじゃないかと思いました。
メッセージ入りのグラスを軸に事業を展開しようと考えていました。ネットを見ると、ひな形からデザインを選ぶタイプのメッセージ入りグラスを提供している会社がたくさんあります。
それらのグラスは料金がとても安く、同じ土俵では対抗できないと思いました。そこで、GLASS-LABでは、お客様と必ず打ち合わせをすることを決めました。デザインをゼロベースから考えて、贈り手の方と共同で作り上げていくというスタイルを、創業当時から貫いています。
創業当時は、応援者が自分しかいないと感じていて、孤独でした。まだ発注を受けていない段階なので、事業計画を作ったり、資料を作成したりするほかは、やることがなく暇なんですよね。暇な人って、居場所がないんですよ。
やっと居場所ができたと感じたのは、起業して半年くらい経った頃でしょうか。ちょうどその時期に、ブルーボトルコーヒーが椎名硝子の工場の近くにできるという話が持ち上がったんです。「工場の前を人がたくさん通るかもしれない」「何かしなきゃ」と思いました。そこで、椎名硝子にしかない研磨機を体験してもらうなど、工場見学をやるのはどうだろうと思い付いたんです。さっそく工場見学を始めたところ、ウェブメディアやテレビ番組などに次々取りあげてもらうことができました。
工場が注目されるようになると、商品にも目が向けられますよね。ガラスの表面をきれいに平面加工する「平切子」と呼ばれる製法ができる工場は、全国で10軒ほどしかないですし、うちにはサンドブラストの機械もあります。両方の加工ができる会社はないので、技術を組み合わせた商品を開発したいと考えました。
「北斎グラス」は、さまざまな切子の技術を活かした、手間のかかる商品です。弟が作っているんですが、加工が細かすぎて、彼にしか作れない商品なんですよ(笑)。
創業時は時間があったので、起業した先輩方に、とにかく会いに行っていました。そうやって色々な人に会う中で、豊島区で「としま会議」というイベントを開催している方を紹介してもらったんです。
ゲストスピーカーに自分の体験を話してもらうイベントなのですが、「同じようなことを深川でもやりたい」と思いました。そこで「コウトーク」というイベントを立ち上げたんです。2016年の1年間、月に1回の頻度で開催したところ、すべての回を満席で終えることができました。
コウトークの開催を通じて、色々な才能を持つ人が深川エリアで仕事をしていることも分かりましたし、横のつながりも増えていきました。そうした人脈をベースに「街歩きイベントができるかもしれない」と考えて、2017年に「深川ヒトトナリ」というイベントを立ち上げたんです。
森下から門前仲町までの広域深川エリアを舞台にした街歩きイベントで、こちらも多くの方にお越しいただくことができました。
家賃が安いことが、東東京の魅力の一つですよね。以前、堀江貴文さんがブログで、「利益率の高い商売」「在庫を持たない商売」など、起業して成功する方法を書いていたのですが、僕もその通りだと思います。東京の西側で高い家賃を払いながら働くよりは、東側で安い物件を借りて、まず足場をしっかり作った方がいいと思います。
それから、地元のコミュニティがたくさんあるのも東東京のいいところです。顔を出せば、色々な職種の人とつながることができます。ひとりぼっちになりづらいし、世話好きが多いから、皆なにかと気にかけてくれますよ。
1月に、ギフトショーに出店したのですが、そこでうれしい出来事がありました。以前、起業する上司の方への贈り物として、ブランドのロゴマークを彫刻したグラスを作りたいという女性のお客様がいらしたんです。そのグラスを贈られた上司の方が、今回、ギフトショーのブースに会いにきてくださったんですよ。もう、泣きそうになっちゃいました(笑)。
「心揺さぶる」というのがGLASS-LABの社是なのですが、心を揺さぶると、必ず揺さぶり返しがきます。「硝子を使って何かすごいことをやってやりたい」と大きな構想は持っていません。それよりも、心を揺さぶる仕事を、一つひとつ丁寧に積み重ねていきたいですね。
[工場所在地]〒135-0023 東京都江東区平野1-13-11
https://glass-labo.com
(写真:吉田 貴洋)
下町住まい7年目の雑食系ライター。仕事人の情熱を適切な言葉に落とし込み、必要としている人に届けることをめざし、トヨタOPEN ROAD PROJECTやコーヒーマシンのサイトにてコラム記事を執筆中。