トップインタビュー「100人に1人刺さればいい」 谷中の個性派ハンコ店が考える商品開発のキモ

2017.11.22
「100人に1人刺さればいい」 谷中の個性派ハンコ店が考える商品開発のキモ

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邪悪なハンコ屋 しにものぐるい
戦うTシャツ屋 伊藤製作所
伊藤 康一さん

週末になれば多くの観光客でにぎわう、谷中銀座。東東京でも屈指の人気スポットであるこの商店街の入り口に、下町の雰囲気とはちょっと異なる2つのお店が並んでいます。それが伊藤康一さんが運営する、「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」と「戦うTシャツ屋 伊藤製作所」です。

クリエイターとして独立を目指す方の中には、オリジナル商品の企画・販売を目指す方も多いのではないでしょうか。そんな方々にとって、2004年に創業して以来、15年近くにわたってユニークすぎる商品を発信し続けてきた伊藤さんの経験や商品開発のポイントは、きっとヒントになるはず。そこで伊藤さんに教えを乞うてみました。

安いから選ばれるモノと、楽しそうだから選ばれるモノ

ハンコ屋さんとTシャツ屋さん、まったく異なる業態の2店舗を運営されていますね。

「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」と「戦うTシャツ屋 伊藤製作所」を、それぞれ実店舗とネット店舗で運営しています。ハンコやTシャツ自体は外部メーカーから仕入れ、自分たちで企画・デザインを施して商品化して販売する、という形です。

1.5坪の店内には、ユニークすぎるハンコデザインがずらり

1.5坪の店内には、ユニークすぎるハンコデザインがずらり

店舗にはユニークな商品がズラリと並んでいますが、ラインナップはどれくらいあるのでしょう?

現在だと、ハンコが540種類弱で、Tシャツは30種類くらいでしょうか。どちらも事業を立ち上げる時に、「ある程度ボリュームが欲しいな」と思って結構な数を企画・デザインして、その後少しずつ新作をリリースして今に至ります。

Tシャツなどは、やはり毎シーズン流行を汲んで新作を発表する形ですか?

いや、いま一番売れているデザインは、2年ほど前にリリースした商品です。流行の影響はまったく受けないですし、夏と冬の売上比率も大きく変わらない。本音を言えば、夏に新作をたくさん出したいとは思っているんですが、年4〜5種しか出していません。色々な面で、一般のアパレルメーカーさんや巷のマーケティングデータとは真逆になっていますね。

トレンド関係なしとなると、シーズンごとのセールなどもない?

そうですね、安売りはしないです。バリエーションはいくつかありますが、基本的な価格設定はハンコが2600円で、Tシャツが3500円です。安売りして売上が伸びるならいいんですけど、決してそうでもないと思うんです。

実際、うちのハンコは“認め印”なので、安いモノを探せば100円ショップでも手に入ります。でも、「安いから選ばれるハンコ」と「楽しそうだから選ばれるハンコ」だと、うちは後者だろうなと。お客さんは、値段で買ってるわけじゃないんだと思います。

100人に嫌われても、120万人に好かれればいい⁈

写真にはほとんど写っていませんが、伊藤さんの最近のオススメ商品は「飽きてきたTシャツ」とのこと

写真にはほとんど写っていませんが、伊藤さんの最近のオススメ商品は「飽きてきたTシャツ」とのこと

ハンコとTシャツ、どちらも「攻めているな」と感じるのですが、創業時から成功する自信があったのでしょうか?

僕がTシャツ屋として創業したのは2004年なのですが、当時はもう根拠のない自信だけですね(笑)。

僕は元々大学卒業後にプロボクサーになったんですが、途中で挫折をして……。29歳まで就職経験なし、貯金ゼロのフリーターで、アルバイト募集の求人広告をつくったりしていました。

ボクシングとアルバイト、Tシャツとも無縁の生活ですね。

ただ、ある時クリエイターが集まるイベントに参加したら、面白いTシャツを販売している人がいたんですね。で、普通に「欲しいな」と思ったのでホームページを調べたんです。すると、どうやらその人がTシャツ屋で食べているっぽい。そこで、「これなら俺にもできるかもしれない」と始めてみたら、本当にここまで来ることができた感じです。

面白いTシャツとの出会いが創業につながったわけですか。

思い立ってすぐにオリジナル商品をつくり、ネットで公開してみたら1件注文が入りました。そこで、「0と1は違う。これはいける! 」と勝手に手応えを感じて。一人暮らしの家を引き払って実家に帰り、開業資金として親から10万円を借りて創業したんです。

創業当時、特に努力したことや工夫したことはありますか?

当時は人生を賭けるつもりだったので、「起業して食べていけるようになること」だけを最優先に行動していました。優先順位の一番以外の、例えば「夜は友達と飲みに行きたい」とか「週末はノンビリ遊びたい」とか、そういうのは一切諦めてひたすらTシャツ作りだけに没頭しました。

求めるものに優先順位をつけて行動されたと。

あとはもう、万人受けを狙わない。デザインも値段も、みんなが喜ぶモノづくりではファストファッションに勝てないです。だから、100人に嫌われても1人が熱狂的に面白がってくれるような、自分にしか作れない商品で勝負しようと思っていました。ただ100分の1でも、日本の人口全体で考えれば約120万人。それだけの人に好かれたら、十分すぎるほどですよね。

SNSに上げざるを得ない気持ちになってもらいたい

「下北沢にもちょっと憧れたんですよ」と伊藤さん。それでも、谷中銀座を選んで正解だったと話します

「下北沢にもちょっと憧れたんですよ」と伊藤さん。それでも、谷中銀座を選んで正解だったと話します

ちなみに、Tシャツ屋さんとハンコ屋さんのつながりがまったく想像できないのですが、どういった経緯でハンコ屋さんを始めたのでしょうか?

ひとつは、僕の奥さんが趣味で消しゴムハンコを作っていまして。その趣味を活かして何か商売ができないかな?と考えていたんです。それともう一つ、墨田区のある繊維会社の役員の方が「伊藤製作所さんはTシャツ屋というより、キャラクタービジネスだね」とおっしゃったことがあって。そんな考えは全然なかったのですが、商品を見直すと確かにそうかもなと。そこで、何か他の商品に展開できないかと考え、「しにものぐるい」のハンコができたわけです。

キャラクターやデザインという点では、ウェブサイトも特徴的ですね。

ハンコ屋を始める時は、Tシャツ屋の運営で感じていた改善策を全部注ぎ込んで、たとえばクレジットマークまでふざけて手描きデザインにしました。ネットショップは実店舗に比べて固定費が少なく、そうしたチャレンジもしやすいので、これから物販で創業を検討している方は、まずネットでスタートするのがオススメです。

独特の世界観を醸し出す、「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」のウェブサイト(http://www.ito51.com/)

独特の世界観を醸し出す、「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」のウェブサイト(http://www.ito51.com/

『しにものぐるい』のハンコは、Twitterやインスタなどでもかなりシェアされていると伺っています。

誰かが「これおもしろい!」とシェアしてくれると、そこから爆発的に拡散されるケースが時々あります。Tシャツ屋の創業時は、せっせとチラシ配りをしていましたが、今はSNSのおかげでそのスピードが上がりました。そして広めるテクニックを学ぶより、人が広めたいと自然に思えてしまう商品づくりに心血を注いだ方がいいんじゃないかと思います。

実店舗は谷中銀座で開かれていますが、ご自身が感じているメリットなどはありますか?

谷中では、ネット上ではまったく接点のないような観光客の方々がお店に来てくれます。谷中銀座の中でも良かれ悪しかれ若干浮き気味のお店なので、それがちょうどいい違和感になって足を止めてくれるんでしょうね。

自分の暮らしの拠点とお店をどこに持とうか悩みましたが、今振り返れば、谷中の街を選んで本当に正解だったと思いますね。

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邪悪なハンコ屋 しにものぐるい
オフィスや日常に遊び心と個性を加えたら?というわけで、邪悪なハンコを作ってみました。イラストや模様の入った印鑑は実印にはできませんが、認印には(ほぼ)問題ありません。乾いた都会の喧騒に、湿った日常にイエスイエス! ディスイズ認印!
http://www.ito51.com/

戦うTシャツ屋 伊藤製作所
伊藤製作所のTシャツはコミュニケーションツールです。着れば、まわりは思わず突っ込まずにはいられなくなります。プレゼントしてもやっぱり突っ込まれます。伊藤製作所は、若々しい感性を持つすべての年代のために。これからのあなたの人生で、一番若いのは今だ!
http://www.ito51.net/

実店舗の住所:東京都台東区谷中3-11-15
営業時間:10:30〜18:00
ハンコ屋:03-6874-2839
Tシャツ屋:050-5899-6102

この記事を書いた人

太田将吾

ライター/コピーライター。これまで求人・採用などキャリアデザイン関連が中心だったが、最近はテーマがライフデザインに拡大。ユニークな企業・団体・人との出会いが増え、「趣味=取材」の公私混同系ライターとしては楽しい毎日。