トップインタビュー「目指したのは地域に根付くプロジェクト」 建築家が石巻で家具メーカーを立ち上げた・・・

2017.10.18
「目指したのは地域に根付くプロジェクト」 建築家が石巻で家具メーカーを立ち上げた理由

01
株式会社芦沢建築設計事務所
代表取締役
芦沢 啓治さん

自分にとってメリットがあるか考える暇もなく、がむしゃらに走っていたら、いつの間にか名刺代わりの仕事になっていた──。創業者から、こんな言葉を聞くことが時々あります。

文京区小石川で建築設計事務所を経営する芦沢啓治さんもその1人。2011年の東日本大震災の後、宮城県石巻市に通うなかで「どうせ行くならちゃんと役に立ちたい」という思いが芽生え、地域のものづくりの場として「石巻工房」という公共施設を立ち上げたそうです。

石巻工房は現在、家具メーカーに発展し、規格材のみを用いたシンプルで機能的な家具を制作しています。石巻工房の設立までの過程や、芦沢さんのモノづくりに対する姿勢について、小石川の事務所でお話を聞きました。

文京区には掘り出し物の物件がゴロゴロある

芦沢さんの事務所は、周りの商店街や住宅とはちょっと雰囲気が違いますね。もとからこんなに味わいのある空間だったんですか?

事務所として借りるときに、大家さんに相談してリノベーションしました。壁を白く塗って、扉をアルミサッシからスチールサッシに替えて……。立地もいいし、掘り出し物だと思いましたね。文京区って閑静な住宅街だと思われがちですが、倉庫や一軒家物件などもあり、意外に面白い物件がたくさんあるんですよ。

2006年に事務所を設立したそうですが、現在の事業は建築設計がメインですか?

建築をメインに、インテリアや家具の設計も手掛けています。また、僕自身は石巻工房という家具ブランドの代表取締役も務めています。石巻工房の東京ショールームが小石川3丁目にあるのでそこの運営と、2年間限定で借りている「デザイン小石川」というギャラリーの運営もしています。小石川で事務所とショールームとギャラリーを運営しているので、“小石川大名”なんて冗談を言われることもありますね(笑)。

閑静な住宅街にある芦沢建築設計事務所

閑静な住宅街にある芦沢建築設計事務所

独立したきっかけについて教えてください。

独立してチャレンジしたいという思いは、大学で建築を学んでいた頃から持っていました。設計事務所は、小さいながらも独自のスタジオを作れるのが面白いところです。「いつかは自分でやらないと」と思いながら設計事務所などに8年間勤め、2005年に独立しました。株式会社化したのは2006年。現在、僕を入れて8人のスタッフがいます。

スタッフのみなさんも、いずれ独立したいという思いを持った方が多いですか?

優秀な人材を採ると、必然的にそうなりますね。将来独立を考えている人のほうが、学ぼうという意識が強いし、モチベーションも高いので。5〜6年働くと、「そろそろ……」という感じで独立していく人が多いです。

僕としては、スタッフが巣立っていくのは寂しいですが、人を育てるのも仕事の一つと考えています。

独立するスタッフに向けてアドバイスしていることは?

いつも言うのは、やるべき仕事には2つの種類があるということです。

自分が面白いと思う仕事は投資としてやらないといけないし、お金のいい仕事も断っちゃいけない。その両輪がないと、事業は回っていきません。お金がいいというのは仕事に対する評価でもあるわけです。しかしながら、仕事がありすぎると事務所全体がだんだん疲弊していきます。

ご自身も、創業時に疲弊したことがあったのでしょうか?

創業時は来た依頼をすべて受けていたので、しんどかったですね。「断らないことをモットーにしています」なんて言いながら、本当は断れないだけ(笑)。しんどい思いを繰り返して、あるとき「仕事って、断らないとダメなんだ」と。そこに気付けたことで、経営者として1つステップを上れた気がします。

現在スタッフは8人。外国人のスタッフやインターンも

現在スタッフは8人。外国人のスタッフやインターンも

最初はボランティア感覚で関わっていた

石巻工房についても伺いたいと思います。事業を立ち上げる以前から、石巻とは接点が?

石巻に被災したクライアントがいたので、震災があった初年度は頻繁に通っていました。石巻工房は地域の公共工房として2011年にスタートしましたが、あるタイミングまでは完全にボランティアでしたし、今のようなビジネスの形は想定していませんでしたね。ただ、「カルチャーとしてその地に根付いていくようなプロジェクトになればいい」程度のことは、ぼんやり考えていました。

石巻工房を立ち上げたことで、何か変化したことはありますか?

石巻工房が注目されたことで、建築や設計以外の方面から声がかかるようになったのは大きな変化ですね。石巻工房がなければ、ひょっとしたら今のような形で仕事をしていなかったかもしれません。

後先考えずにエネルギーを使ってきたことがプラスになった感じがします。それから、僕にとって一番の利益は「石巻工房という事業を作ることができた」こと。建築家としての職能を、建築以外の形で活かせたことが自信になりました。

芦沢さんは「建築家の経験やスキルを別の形で使えたことが自信になった」と話す

芦沢さんは「建築家の経験やスキルを別の形で使えたことが自信になった」と話す

石巻工房の家具は、シンプルでほかの家具にも馴染みやすいデザインですね。芦沢さんにとって、すぐれたデザインとはどういうものですか?

僕はよく「正直なデザイン」という言い方をするのですが、具体的に言えば、(1)機能的であること、(2)長く使えること、(3)美しいたたずまいがあること──でしょうか。

仕事をする上での気構えとしても正直さについては考えていて、かっこよく見せようという思いが強すぎると色気が出ます。承認欲の強さがあだとなり、使い勝手が悪くなる。例えば、どんなに見た目が美しい歯ブラシでも、口に入れた瞬間に違和感を感じたら次からは使わないですよね。

使いやすさを真摯に考えて、ストレスなく使えるのが、すぐれたデザインだと思っています。

家具の値段についてはどのように考えていますか?

家具は、決して手軽に買えるものではありません。それらの値段は、きちんと作ると自動的にあるべき値段になってしまう。その理由を作り手が、買う側・使う側へしっかり伝えられるかは、とても大事なことだと思っています。

また、もし自分たちで作れなくなったとき、ほかの会社に引き継いでもらえる値段にしておかないと、誰も引き取ってくれませんよね。壊れたときに修理できる人がいなければ捨てられてしまうだけ。でも、構造がシンプルで、ずっと生き残るタフなデザインであれば、誰かが引き継いで作り続けてくれる可能性があります。

値段の設定については、個人事業主にも同じことがいえますね。自分がその仕事に携われなくなっても、他の人に代わってもらえる値段。それが、本当の意味での最低単価です。

「タフなデザインは生き残る」と話す芦沢さん。テーブルの上にあるのは、石巻工房の広報誌

「タフなデザインは生き残る」と話す芦沢さん。テーブルの上にあるのは、石巻工房の広報誌

「自分の街」としてPRできるのが東東京の面白さ

芦沢さんのデザインに対する考え方がとてもよく分かりました。最後に、これから東東京で創業したいと考えている方に対してアドバイスをお願いします。

自分の事務所を設けると、仕事関係者が打ち合わせに来たり、友だちが遊びに来たりしますよね。東東京には一般的に知られていない歴史的なスポットも多く、事務所に来てもらいついでに街をPRできるのが、このあたりの面白さの一つです。

また先ほどもお話ししたように、掘り出し物の不動産も多い。東京は様々な開発が進んでいますが、東東京に絞って見れば、まだまだ面白い場所が眠っていますよ。

06
株式会社芦沢啓治建築設計事務所
2006年設立。「正直なデザイン」をモットーに、建築(ホテル、住宅、集合住宅、リノベーションなど)から家具、プロダクトまで幅広いデザインを手がける。
〒112-0002 東京都文京区小石川2-17-15
http://www.keijidesign.com/

石巻工房
「地域のものづくりの場」として2011年に誕生。デザインの力でDIYの可能性を広げる「DIYメーカー」、および地元の人々の自立運営する小さな産業として、地域を活性化する起爆剤になることを目指している。
〒 986-2135 宮城県石巻市渡波字栄田164-3
http://ishinomaki-lab.org/

(写真:イシバシトシハル)

この記事を書いた人

佐藤由衣

下町住まい7年目の雑食系ライター。仕事人の情熱を適切な言葉に落とし込み、必要としている人に届けることをめざし、トヨタOPEN ROAD PROJECTやコーヒーマシンのサイトにてコラム記事を執筆中。