猪田昭一税理士事務所代表/合同会社SSN代表社員
猪田 昭一さん
「誰でもできることをやっても、面白くないじゃないですか」。イタズラな笑みを浮かべ、パンクな考えを語るのは、猪田昭一さん。彼の仕事は、創業者や経営者がお世話になる「税理士」です。ただし猪田さん、一般的な税理士のイメージとは180度違うと言ってもいいかもしれません。なにせ「お客さん先で1時間話して帰ったけど、気がついたら帳簿の話は一切していなかった」というくらいですから。
猪田さんが手掛ける事業は、ずばり創業者の支援コンサルティング。墨田区東向島に事務所を構え、ある時は税理士の資格と知識を活かして、またある時は東京都地域創業アドバイザーとして、創業検討中の方の相談に応じ、事業計画作成のアドバイスや融資・補助金申請のサポートなどを手掛けています。
創業6年目を迎えた現在では、対応しきれないほどの依頼や相談を受けているという猪田さん。彼自身が創業に成功できた理由とは? その独特な考え方やアクションは、士業以外で創業を検討中の方にも参考になるものでした。
創業支援セミナーなども積極的に開催する猪田さん。講演では自分の失敗談も隠さず話す
いや、全然。普通の税理士なら、独立前に入念に準備するんでしょうね。そもそも前職の事務所を退職するときも、会社の方針についてボスとケンカして「独立して好き勝手やらせてもらいます」と。だからある意味、昔ながらの独立起業の流れですよね(笑)。
そうです。まず自治体の創業セミナーに参加して、改めて税理士のビジネスについて考え直してみました。僕が独立した当時は、ちょうど税理士事務所もウェブサイトを持つのが一般的になってきて、価格競争の過渡期だったんですね。ここに入って既存企業の奪い合いで勝負するのは厳しいし、独立してまでやりたいことじゃない。そこで、僕はとりあえず“お金じゃないサービスを考えよう”と思い立ちまして。
税理士は基本、法人企業などと顧問契約を結んで、“帳簿をつける”“領収書を預かる”といった作業をします。それが収益の中心なんですね。僕の場合、それは必要があればやりますが、基本的にはお客さん自身でやってもらおうと。
それともう1つ、税理士事務所では、お客様を掴むタイミングっていくつかありまして。1つは事業承継で経営者の世代が変わるタイミング、2つ目はスタートアップのタイミング、そして3つ目が既存の税理士に不満があって変えたいというタイミング。この中で、1と3は既存企業の奪い合いです。
一方、創業準備中の方って、税理士からするとお客さんになる手前なんですが、でもお客さんを生み出すスタートから手掛ける事業なら、価格以外の部分で戦えるかもしれないと考えたわけです。そこで、「創業」のお客さんだけに絞ってみた。
はい、最初は本当に「創業に向けて分からないことはなんですか?」っていう話から、無料相談で始めます。そこから関係性を築いていくと、事業が成長して「法人化しなければ」となるお客さんが出てくる。そこでビジネスになればという発想ですね。税理士の場合、お客さんとの付き合いは1年2年の単位じゃなく、5年10年、上手くすると30年続くこともあるわけです。それを考えると、「スタートの1〜2年くらい、売り上げにならなくてもいいじゃないか」と振り切ってみたら、なんとかなってしまった感じですね。
創業当時を振り返り、「2年くらいは無収入でも仕方ないと思っていた」と話す猪田さん
初年度は半年くらいかな、お客さんがほぼいなかったです。「猪田さんの考えは面白いから、お願いするよ」と1人だけ声をかけてくれたお客さんがいましたけど、本当にその方だけでした。
当時はまだ26歳でしたし、「最悪2年くらいは無収入でもいいや。とにかくやってみないと分からん」と思っていたので、焦ることはなかったです。これで失敗したら、真面目に改心すればいいかって(笑)。
計画的に貯蓄していたわけではないんですが、前職が忙しすぎてお金を使う時間が無かったんですよね。だから、手元に数百万円はありました。
税理士事務所を立ち上げる際に、最低限必要なのはノートパソコン1台とプリンター、あとは50〜60万円程度の会計ソフトだけ。立ち上げ資金は総額100万円程度あれば足りますし、それを差し引いても切り詰めれば1〜2年分の生活費はなんとかなりました。
そうした自分の体験も踏まえて、お客さんに創業支援のアドバイスをする時は、「一定額以上の貯蓄は大事」と必ず話しています。生活費に困る状態だと、つい目の前の売り上げばかりを重視して、本当にやりたかったことができなくなる。そうした“商売のせっかち度”もだいぶ変わってきますし、多少でも元手があれば融資を受ける額=毎月の返済費用も少なくて済みますから、やはり最後の精神安定剤はお金だと思います。
地域のイベントにあちこち参加して。色んな人ととにかく飲んでいました。その飲みの席で「ちょっと相談に乗ってくれないか」という話になれば、「じゃあ相談料いらないので、今度お茶しながら話しませんか」と。その積み重ねです。
僕、地元では税理士ではなく、「プロのイベント屋さん」とか「プロのBBQ屋さん」って呼ばれていまして。100名分のBBQの幹事とかやっているんですよ。
去年の春は、ローストビーフとフランクフルトの仕入れで、お肉を36キロ買って、お店の方に「お車までお荷物お持ちします」って特別サービス受けたくらい(笑)。
でも、真面目な話、飲み会とかイベントの幹事もそうですが、人が「めんどくさい」、「やりたくない」って思う役割を担うのは結構大事ですよ。そこで小さな親切を積み重ねると、頼みやすい人、相談しやすい人と認めてもらえるようになるので。人脈つくろうとか、仕事獲ろうって下心で動くよりも、コミュニティの中で何らかの役目を負ったほうがいいです。
イベントの幹事を任されれば、自ら素材を仕入れ、包丁を振るうこともしばしば
そうですね。そもそも一般的な税理士は、「法人化するの賛成派」なんですよね。法人企業と顧問契約して売り上げを立てるビジネスですから。でも僕は、創業期に関して言えば「法人化するの否定派」。そこからもう考え方も違いますしね。
会社をつくると、税理士の顧問料はもちろん、たとえ赤字でも納めなければいけない都民税均等割7万円(年額、東京23区内の場合)というのも発生します。それをまとめると年間最低30万〜40万円の固定費がかかり、10年経てば400万〜500万円くらいの費用が出ていくわけです。このコスト=リスクを持つのであれば、スリムな形でスタートしたほうがいい。
あ、ついついお金の話をしてしまった(笑)。ただ僕の場合、顧問契約しているお客さんと話す時も、税理士というより、“よろず屋さん”の感覚に近いです。
通帳を見ながら、来月の売上予測がいくらで、いくら支出があるのか。じゃあ融資は大丈夫だなとかっていう話もすれば、来期の事業展開とか、人事的な相談を受ける時もある。どこに聞けばいいのかな?という相談に答えるのが仕事になっています。
お付き合いのある中小企業、それに銀行や信金さんなど融資を行う金融機関もそうですけど、長期的にビジネスしている方が多いですね。東東京は、短期的にがっつり儲けてハッピーリタイアっていうのは似合わない。むしろ長期的な視点でモノづくりをしていきたい方が合いますよ。
これも、固定費が関連するんですけどね。東東京は家賃も安いし、物価も安い。固定費はずっとかかるものですから、これを抑えられると長期的なビジネスは確実にやりやすいです。
ですから、1年2年の短期スパンではなく、3年5年先を考えて創業したい方には良いと思いますよ。「30年続ける事業だ」と考えれば、最初は苦しくても、焦らず、できる範囲で他の人がやれないことをやってみてほしいですね。それをサポートするのが、僕らの仕事でもありますからね。
住所:東京都墨田区東向島5-3-2
電話番号:090-9975-1691(平日9時〜17時)
http://inoda-tax-office.mods.jp/
合同会社SSN
SSNは「墨田士業ネットワーク」の略称。墨田区の士業が連携することで様々な課題の解決をしていく団体として活動。ウェブサイトで創業に関する情報を発信しながら、創業関連のイベントや講座の企画・運営、コンサルティング業務などを手掛ける。
https://ssn-2015.jimdo.com/
ライター/コピーライター。これまで求人・採用などキャリアデザイン関連が中心だったが、最近はテーマがライフデザインに拡大。ユニークな企業・団体・人との出会いが増え、「趣味=取材」の公私混同系ライターとしては楽しい毎日。