トップインタビュー「後輩育成がしたい」お菓子職人から経営のできるショコラティエに

2019.08.16
「後輩育成がしたい」お菓子職人から経営のできるショコラティエに

ショコラティエ川路
代表取締役
川路さとみさん

墨田区吾妻橋にある「ショコラティエ川路」は、地元が誇る浮世絵師の葛飾北斎の作品をモチーフにしたチョコレートや和にこだわったショコラなどを販売するほか、チョコレートづくりの教室も主宰しています。

オーナーシェフを務める川路さとみさんは、製菓学校を卒業後、東京ディズニーシーホテルミラコスタ勤務後に単身渡仏し、 パリのサロン・デュ・ショコラのサンクタブレット(5つ星)獲得店で2年間修業したのち、銀座・和光でチョコレートショップの「コンパーテスショコラティエ」に勤めるなど、つくり手としての経験と実績を積んできました。
ショコラティエとしての道をひたむきに歩みながら、2014年に独立。それから「ショコラティエ川路」をオープンさせたのは2017年のことです。パティシエたちは、長時間作業も多い過酷な環境で働く世界なのだそう。つくり手として妥協しない想いがあるからこそ、没頭するのかもしれません。それでも「身体を壊してパティシエとして続けることが叶わなくなった仲間も見てきた」と川路さんは言います。そんな環境を目の当たりにしてきたことで、「パティシエたちがつくり手として表現したいものを実現させながら、しっかりとビジネスとして継続していくことができる仕組みをつくりたい」という強い想いを持って、店舗をオープンしました。

現在は、職人と経営者のどちらの顔も持つ川路さん。「圧倒的に職人として活動するのが楽しい!」と断言する彼女が、職人としての気質を大切にしながらも経営者としてビジネス視点をどう生かし両立させているのか。お話を伺うと、そこにはものづくりの人が好きなものをつくり、継続していく環境をつくるヒントがありました。

「北斎チョコレート」が墨田区の人たちの誇りになるように

和をモチーフとして、北斎チョコレートを販売されていますが、なぜ葛飾北斎の作品を活用して商品にされたのでしょうか?

墨田区に店舗を構えるということで、この地だからこそできるものであるとか、ほかにはないオリジナル商品で私だからこそ提供できるものは何だろうか…と考えていました。そこで、これまでのことを振り返るうちに、フランスでの修業時の生活を思い出し、そこからヒントを経て出来上がりました。

24、5歳の時に、東京ディズニシー・ホテルミラコスタを退職して、フランスにパティシエとして修業をしに行っていたのですが、そこでの生活は当時給料5万円でしかも家賃4万円とかでギリギリの生活で(笑)。その中で、毎月パリの美術館が第1土曜日に無料で鑑賞できるのもあって、毎月楽しみに観に行っていたんです。パリのセーヌ川付近にあるオランジュリー美術館に展示されている、モネの「睡蓮」という作品の絵が大好きで。修業していた2年間、毎月かかさず行っていました。

私が大好きで見ていた絵の作家であるモネは、葛飾北斎の浮世絵に影響を受けた作家だといわれているのを思い出したんです。それに、フランスにいていろいろな人たちに日本のイメージを聞くと「葛飾北斎」の名前を良く耳にしました。それだけ海外の人にも浸透している作家なのだと、逆に日本人の私が教えられていたんです。

そんな出来事を振り返って、北斎に縁を感じました。私だからこそ、そして墨田区という場所だからこそできる商品になると思い、「北斎チョコレート」をつくりました。墨田区の人たちにもっと浸透して、地元の自慢のものに成長させていけたらと思って販売しています。

チョコレート製作用の転写シート。チョコレートでできている。

チョコレート製作用の転写シート。チョコレートでできている。

北斎チョコレート。左上/「神奈川浪裏」左下/「柚子と日本酒」右上/「桜」右下/「赤富士」

北斎チョコレート。左上「神奈川浪裏」左下「柚子と日本酒」右上「桜」右下「赤富士」

ビジネスとして継続できるパティシエを育てたい

フランスで修業後は都内で経験を積まれて独立されたとのことですが、そのいきさつを教えてください。

フランスでの修業後は、当時銀座・和光に入っていた日本のチョコレートの先駆者でもある「コンパーテス」でシェフを務めていました。独立を決意するきっかけのひとつになったのは、後輩の育成をしたいと思うようになったからです。パティシエの仕事は、ホテルで働けば泊まり勤務もありますし、技術や経験を積んでいく上で体力が必要とされる仕事です。時には先輩から厳しく指導されることもあります。

体力的にも精神的にも鍛えられる環境下で、体調を崩してどうにもならなくなりパティシエの道を諦める仲間たちがいたんです。パティシエという仕事を通して、美味しいもの作って、もっと喜ばせたいと思ってこの業界に入ってくるにもかかわらず。志半ばで断念していく人たちを見たときに、「きちんとビジネスとして成立させ、しっかり継続ができるものにしていかなければ、後輩たちが育っていかなくなってしまう」と危機感を抱きました。

そんな思いになったときに、パティシエたちが好きなものをつくっていけるようにするためには、お客様からお金をいただく仕組みをつくっていくことが必要なのではないかという考えに至りました。そのひとつとして、「教室を作ること」で自分のパティシエとしてのスキルや経験を生かし、お客様に価値提供をすることができると思い、独立してチョコレート教室を始めました。

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独立して、なぜ店舗ではなく教室を実施したのでしょうか?

そもそも、私自身は店舗を出すということは考えていませんでした(笑)。圧倒的に職人でいたいという思いのほうが強いので。ただ、後輩たちを育てることができたらという思いがきっかけになって独立してして、まずは私が体現してみせるということは大事だなと思ったんです。
パティシエとして店舗を持ちたいという目標を持つ人は多くいますが、店舗運営にあたっては賃料や材料費などがかかったり、在庫を抱えたりと多くのコストがかかります。店舗を維持するための行動に陥って、パティシエとして作りたいものが作れなくなっては本末転倒になってしまいます。

だからこそ、店舗で販売をしたいと思ったときにまず教室を開くことによって、しっかりとお金をいただく仕組みをつくることができます。それにより、つくり手の想いを浸透させていくことができますし、そこに共感をするお客様たちが通ってくださることで、ファンをつくることができる。安定的に運営することができれば、作りたいものを作りそして販売する環境が整っていきます。そんなことを考えながら、教室運営をしていました。

ところが、最初はお客様も来ないですし、同時期に始めたネットショップもなかなか売れなくて半年ぐらい無収入でした(笑)。フランスにも行って、辛い環境で一生懸命学んできたけども、結局売れないって大変だなと実感しましたね。レストランの裏方として後ろで野菜を切ったりするアルバイトをしながら生活を必死にしていた時期もありました。

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自分の成し遂げたい事から逆算する

困難を、どのようにして乗り越えてこられたのでしょうか?

事業が上手くいっている料理研究家に出会ったことをきっかけに、その人がなぜ上手く事業ができているのか知りたくなって調べてたんです。そうしたら、コンサルティングの情報が出てきて起業するための方法を学べるということだったので、起業塾に参加したんです。お客様をつくること、お客様に売る場所をつくること、あとSNS戦略やプロモーション、ブランディングなど起業における必要なことを教えてもらっていました。

中でも、自分の成し遂げたいところから逆算して考えていくというのは非常に学びになりましたね。起業塾では、10年後、5年後、1年後…という中長期の目標を明確に数字にしたり具体的にすることを徹底して教わっていました。自分の事業をどうしたいかを設定して、そのためにはどのくらいの売上が必要で、どのくらいのお客様に来ていただくことで達成できるのかといった考え方が、起業塾を通して自分の中に浸透していきました。経営者として事業を継続するために必要な学びだったと思います。

それまで営業をしたことがなかったので、メンター(仕事や人生上の指導者、助言者)のような方に教えを受けることができて良かったと思っています。

店舗の暖簾には店のロゴマーク「七宝繋ぎ」が。たえることのない永遠の幸せの連鎖を意味する吉祥文様から。

店舗の暖簾には店のロゴマーク「七宝繋ぎ」が。たえることのない永遠の幸せの連鎖を意味する吉祥文様から。

そこからどのようにして「ショコラティエ川路」の誕生につながっていったのですか?

実は、教室を始めた当初はお店を出すことは特に考えていなかったんです。たまたま起業塾で出会った人が、現在の店舗が入っているビルのオーナーの娘さんだったという縁があって。起業塾で一緒に切磋琢磨していた女性なんですが、「ビルを一回取り壊してマンションにする予定があるのだけど、1階でお店を出す?」と言われたのが2016年11月です。そこから一気に動き出し、2017年4月にはオープンしたので、準備期間は半年ぐらいでした。

半年ってあっという間ですよね(笑)。不安になっている暇もないくらい急速に進んでいったのですが、時間が経つにつれて「本当にできるのだろうか」と不安になることもあって、寝る前になると一人で悶々とすることもありました。でも、「大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせてましたね。

独立して店舗オープンに至るまでを経験して思うのは、「お金って覚悟を持つことにつながるんだな」ということですね。融資を受けてお金を借りるってなったときに、お金が入ってきた時には自分はもう前へ進むしかないという気持ちになるんですよね。そして、始めたからには、悩む以上に腹を決めて進むしかないという覚悟を持って、仕事にも取り組めるようになるなと思います。

お金を借りることが、自身の覚悟につながったんですね。教室運営とチョコレート販売に加えて店舗事業をスタートさせて何か相乗効果はありましたか?

体験レッスンを受けたお客様が店舗でチョコを買ってくれたり、チョコレートを買いに来た人が教室に入会したり。新しい流れが増えましたね。結果的に店舗を持ってからお客様一人あたりの購入金額も上がるといったことにつながりました。
私は現在、店舗事業に教室運営とオンラインのチョコレート販売を事業の柱としていますが、ショコラティエの事業はランニングコスト・運転資金の負担がとても大きいです。なので、店舗を出したいという生徒さんには必ず教室を実施していくことを勧めていますね。教室の方が、在庫を抱えないなどリスクが少なくスタートできますし、収入を安定させられる可能性が高くなります。そうしてしっかりとした収入源を確保することによって、店舗を出すという挑戦もよりしやすくなるんです。

このようなスキームでビジネスができるようになれば、職人として作りたいものを作っていくこともできると思います。

いつか生徒たちと一緒にコンクールで優勝したい

教室を運営してしっかりした経営基盤が確立しているから、新しいことにも挑戦しやすいのですね。川路さんがこれから達成していきたいことはありますか?

現在の店舗では、しっかりと売れる商品を生み出していきたいです。教室の生徒さんのお陰でもあるのですが、カラフルな可愛い絵柄の時にすごい嬉しそうな反応をするんですよね。それを見て、売れるものを作りたいと意欲が湧きますね。

2年後に一度フランスに行きたいと思っているんですよね。フランスのパリでチョコレートの祭典といわれる「サロン・デュ・ショコラ」というものが年に一度開催されているんですが、そこに出店するというのが目標です。

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あとは私は自分の店舗として2店舗目を出すということは考えていなくて、もし店舗を出すのならば教室の生徒さんが“ショコラティエ田中”という感じで、川路の名前ではなく教室で学んだ生徒さんの名前で店舗を出す人を誕生させられたらいいなと思っています。

そして、いつか生徒さんたちとフランスのコンクールに出場して優勝したいと本気で思っています。これは教室を開いた時から生徒さんに宣言していることでもあるんですが、一緒に創作したチョコレートで出たいなと。生徒さんは確かに素人かもしれませんが、私も驚くほど腕前がプロ級になっていたりします。その人たちと一緒にチョコレートを作って、もし素人がフランスで優勝したらどうなるでしょうか?そうなったらすごい快挙だと思っているので、目指していきたいですね。

甘酒やほうじ茶といった日本の食材を使ったものの他にも、カカオ分やプラリネの食感を楽しむものなどバラエティに富んだショコラがならんでいる。

甘酒やほうじ茶といった日本の食材を使ったものの他にも、カカオ分やプラリネの食感を楽しむものなどバラエティに富んだショコラがならんでいる。

補足:サロン・デュ・ショコラ(Salon du chocolat)
パリが発祥の世界最大級のチョコレートの祭典。パリでは10月に開催される。
https://www.salon-du-chocolat.com

 

ショコラティエ川路

2014年創業の“和ショコラ”をメインとしたチョコレート専門店。墨田区にゆかりのある浮世絵画家・葛飾北斎の作品をモチーフにした「北斎チョコレート」など、枠にとらわれないショコラの開発・販売を行う。ほか、店舗で販売されているショコラを実際に作ることができる体験レッスン・チョコレート教室を運営するなど、ショコラを愛する人たちを応援する活動もおこなっている。
〒130-0001 東京都墨田区吾妻橋1-7-12
https://chocolatier-kawaji.com/

取材写真:伏島 恵美

この記事を書いた人

伏島恵美

フリーライター。出版社などで校正・校閲とホテルの客室清掃に従事したのち、各種のユニークなイベント運営にも関わる。生き生きとした人の姿を伝える活動をスタート。